税務相談　その１
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　平成１４年１２月３日
　朝から来客も電話もなく、窓から見える公園の木々を眺めながら、あくびの稽古をしておりました。そんな平穏で甘美な時間を破る音が鳴り出しました。２０年ほど昔に住んでいたボロアパートの大家さんからの電話でありました。

「ちょっと槇君、相談があるんやけど」
「おばちゃん、その相談って何？僕は今でも貧乏でお金には縁がないけど、、、。」
「何言ってるの、あんたにお金を借りに行くようやったら世も末やわ。そんなこと言わんとあかんようになったら首くくって死んだほうがましやわ。あんたの金欠病は、死ぬまで治らん病気やというのは前から知ってるわ。」
「そしたら、その葬式の相談ですか？」
「あほ！違うがな。慰謝料の相談なんよ。」
「おっちゃんが浮気したんですか？あのおっちゃんを好きになる物好きが、もう一人この世の中にいるとわねー。人生何が起こるか分からんもんやねー。その年で離婚ですか。」
「槇君、長生きしたかったら言葉にはもっと注意して使わんとあかんで。何で、わてらがこんな年になって離婚せんとアカンのよ。私ら、もう二人とも六十超えたんやで。」
「そしたら、考えられるのはおっちゃんが自動車で事故を起こしたんですか？」
「あんた、もう少しええこと思いつかんの。ほんまに昔から感がにぶいんやから。」
「おばちゃん、そら相談する相手にちょっと失礼なんと違うの。」
「何が失礼やの。仲睦まじい二人を別れさせる方が、もっと失礼やわ。」
「まあ、何度もアメリカとイラクの戦争みたいな夫婦喧嘩を見てきてるから、何があっても不思議やないですがな。」
「ほんまに口だけ達者になってからに。まともな仕事してるの、あんた。」
「で、おばちゃん、何の話やったん？」　　　　
「えーと、何やったかいなー。あんたのあほな話に付き合ってたら忘れてもたがな。」
「そら、おばちゃん、ボケの症状がはっきり出てきた証拠やで。」
「年寄りをいじめたら、あんた地獄に行くで、ほんまに。あっ、そやそや、娘の慰謝料の件やったわ。ミツコが昨日帰ってきたんやけど。離婚して旦那から慰謝料をふんだくることに決めたって言うのんよ。」
「へー、まだあのばくち好き亭主と別れてませんのか。」
「あんたみたいなだらしない酒飲みより、ちょっとはましやと思ったんやけどなー。もう別れるって、娘は言うてるねん。」
「僕のことは、横に置いといてちょうだい。そやけど別れるっていう話は、ここんとこ毎年聞いてまっせ。その騒ぎは、おばちゃんとこの年中行事にもう組み込まれてるのと違うか。」
「わてもいつもの事やって思ってたんや。そやけど今回は、慰謝料を取るって、この電話の横で電卓叩いて何ぼ払わせるか計算してるんやがな。ミツコが慰謝料に税金がかかるんやったら、税引き後の計算で後の生活を考えんとアカンって言うてんねん。わての子供だけあって、しっかりしてるやろー。」
「ほんで、僕の出番が出てきた訳やな。」
「そうやがな、一番頼んないアンタに電話せんとあかんのは、ほんまにつらいわ。税金の話がなかったら絶対にアンタになんか相談せんのやけどなー。」
「よう、そんなけボロクソに言えますなー。まあ、離婚の慰謝料は非課税で税金の心配はいらんのやけど。ミッチャンは、なんぼ旦那に請求するつもりなんやろ。」
「えっ、５００万円？なにっ５０００万円！ミツコは、片手広げて５０００万円って言うてるわ。」
「おばちゃん、心配せんでもその離婚成立せいへんわ。あいつに５０００万円って言うてみ、もっとぎょうさん払ったるから軍資金よこせって言うで。第一あいつは５万円持ってたらすぐに競馬新聞買うて淀の競馬場へ行くやつやで、そんなまとまった金持ってないで。」
「そうやったなー、あの男はスカンピンやったがな。あんた冷静やなー。感心するわ。あんたとこも、それで嫁さんが逃げて行けへんのか？」
「おばちゃん、僕のところは、うまいこといってるんや！」
「そう思ってるんは、アンタだけちがうか。嫁さんに家を追い出されたら何時でもうちのアパートへおいで、安くしといたるさかい。アンタの住んでいた四畳半、いま空いてるで。」
「むっ、むっ、、、。おおきに。おばちゃん、頼りにしてるで。」

　どこでどう間違ったか分かりませんが、相談を受けているはずの私の方がお礼を言う羽目になっておりました。公園の木々から舞い落ちる木の葉を見ながら、この寒くなってきた時期に家を追い出されるのは、かなりつらいものがあると気がつき、今日は飲まずにまっすぐ家路につこうと決めておりました。